劇場版 響け!ユーフォ考察 オーディション編~決着~
- この記事は、作品の具体的な内容に、深く、大きく関わります。
「バレは困る!」という方は、残念ですが視聴後にご足労いただければ幸いです。
- セリフはすべて聞き起こしです。
間違いもあるかと思われますが、ご容赦ください。
・ホールにて、再オーディションのシーン
香織、麗奈の順で演奏。
緊張の香織。
祈る優子。
香織の演奏が終わり、麗奈の番に。
いつも通りの、いや、いつも以上の演奏を披露する麗奈。
客席で聞いている優子は、聞いていられないとばかりにギュッと目を閉じてしまう。
「では、これより、ソロを決定したいと思います」
滝先生の問いかけに、それぞれに対して特別に思うものだけが拍手を送ります。
香織には、優子が。
麗奈には、久美子が。
拍手ではどちらかに、決しません。
「中世古さん。
あなたがソロを吹きますか?」
そしてあくまで自主性にこだわる滝は、中世古香織に決断をゆだねる。
あるいは、決断を迫る、というべきか?
それは残酷なシーン。
「吹かないです。
吹けないです。
ソロは、高坂さんが吹くべきだと思います」
去年の体験がある香織には、答えは決まっています。
そもそも、はじめから決まっていたのだ。
揉め事を好まない優しい香織は、かつて自分の経験した痛みを、みずからの手で後輩に与えることなどできません。
ただただ、『納得する』ためのチャンスを、舞台を、延長戦を与えられていたに過ぎないのだから。
もちろんはじめのオーディションのときよりも再オーディションを行うことで、演奏も、人間的にも、大きく成長したことに疑いはありません。
部員全員の前で、舞台の上で……
潔く自分の負けを宣言する。
それが誰にでもできるような簡単なことのはずがあるでしょうか?
アタマで理解していても、自分が劣っている、負けている、ということは受け入れにくいものです。
高校3年間のうちの、多くの時間をつぎ込んだ部活であれば、こだわり、執着も強くなります。
当然のことでしょう。
それが1人の人間を構成する、たった1つの技術に過ぎないものだとしても、です。
1つが劣るからといっても、その人のすべてが否定されるわけではありません。
しかし、掛けた時間、注いだ努力、流した汗……
それが真剣なものであればあるほど、自分自身を客観的に理解することは難しくなるものです。
プライドとか、恥とか……
そういったリスクより、彼女は自分にとって大事なことを選びました。
渡り廊下で晴香に語っていたように、その言葉そのままに。
「去年のことがあったから、揉め事とかがないように、って。
それだけちゃんとできればいいって、どこかで思ってて。
でも、私3年生なんだよね。
これで最後なんだよね。
3年間やってきたんだもん、最後は吹きたい。
自分の吹きたいところを、思いっきり」
たしかに本番のステージではありません。
観客も、北宇治の吹奏楽部員だけです。
しかし、自分の吹きたいところを、思いっきり吹けたはずです。
それでいてなお、彼女は公正さを失いませんでした。
自分の気持ち、納得や全力にこだわりつつも、拘泥しない。
その姿は美しくあります。
みずから答えを決め、口にした香織。
その表情は納得した様子。
滝の言葉、「高坂さん、あなたがソロです」のバックでも、大声を上げて泣き続ける優子の声は、とても印象的に響きます。
優子の鳴き声は、ホールの中で広がり、響き渡り続く。
選ばれなかったのは香織自身で、優子が負けたわけではなく、傷を負ったわけでもありません。
それでも、特別への思い入れゆえに、自分の感情が溢れてとまらないのです。
優子は敬愛する者のために、ひたすらに信じて労を惜しみませんでした。
その支えのお陰で、香織は自分の想いを昇華させることができたのです。
自分のことではないのに、必死になって信じ、応援し、支えようとするものがいる。
吉川優子とは、見ていてかなり痛いキャラではある。
だが、ちょっと考えてみて欲しい。
自分の信じる者のために、見返りらしい見返りもたいしてないのに、そこまでリスクを負って突っ込んでいけるだろうか?
たとえ香織がソロを担当できることになったとして、どうなるだろう。
よかった!
嬉しい!
ただそれだけだ。
権力者といえる滝の噂話をもとに、正面から疑義の声を挙げる。
挙手の説明を求める場面では、はっきりと「オーディションに不満の人です」と言い放つ。
さらには裏工作に走り、自分が卑怯者とそしられ部活を追放されかねないリスクを負ってまで、麗奈に負けることを頼み込む。
そこまでして自分の特別に、特別でいて欲しいと願うのです。
その姿は、殉教者か、狂信者か?
この映画において、香織から優子にかける言葉や、特別と思わせるような行動はほぼなかったと思います。
それでもやはり、2人は特別な関係なのでしょう。
良いか悪いかはさておき、優子の奔走がなければ滝の口から「再オーディションを希望する人」、という言葉は引き出せなかったことは間違いないことです。
優子の発言、行動がなければ、香織が願いを口にすることはできなかったはずです。
椅子から立ち上がり、スッと左手を伸ばし、「ソロパートのオーディションを、もう1度やらせてください」と言う香織は存在しなかったことでしょう。
やはり、なのです。
『願いは口にしないと叶わない。
絶対に!』
香織と優子の関係とは、久美子と麗奈とはまた違ったかたちの『特別』でした。